この記事は2011年に公開されたものです。

クオバディスの創業者ドクター・ベルトラミ クオバディス誕生秘話

introduction

アジェンダ・プラニングの誕生

『クオバディス・ダイアリーの考案者ドクター・ベルトラミ』

パリからTGVで2時間ほど、フランスの西部ロワール川河畔に位置するナント市の郊外にクオバディス社の工場がある。ドクター・ベルトラミは、現役引退後もこの街で暮らしている。

まずドクターが差し出したのは、木の把手がついた大きなゴム印。見ると、『調査(あるいは面会)』、『実行』、『受け取り』、『支払い』と、4つの等分の欄と、それぞれのタイトルが一度で紙に押せるようになっている。左右見開きに月曜から土曜を縦割りに置き、下部に日曜、それぞれの日の上段に「ドミナント(最重要事項)」、また、右端に「電話すべき相手、事柄」、「メール」、「手紙」、「調査(あるいは面会)」の欄を入れた一週間が一目で分かる、彼が考案、命名したダイアリーシステム『アジェンダ・プラニング』の、これこそ、そもそもの御先祖ではないか。少なくとも60年はたっている。

もう残されていないと思われていたゴム印が見つかった

彼がこのゴム印を作らせた当時のフランスでは、ページの上半分を2等分して午前と午後にあて、下半分は空白、1ページで1日を表す様式以外のダイアリーが存在しなかった。何時に誰とアポイントといったことは、上部の時間の区切りのある部分に書き込めば間違いないとしても、やるべきこと、書くべき手紙等々が色々ある場合は、下半分の単なる空白スペースでは余りに使い勝手が悪い。

医者として多忙をきわめていたドクターは、この従来のダイアリーの機能性の悪さに業を煮やし、ゴム印による改良を試みた訳だが、これとて満足のいくものではなかった。ゴム印を押す手間も掛かるし、そもそも1日1ページなのだから、見開きで2日の予定しか見られない。

どんな職種であれ、ビジネスの世界に身を置く人間にとっては、1週間の予定が一目で見られることは不可欠であり、しかも、カレンダーの週の最初は日曜日であっても、ダイアリーの最初は月曜日であるべきだ。ゴム印の次にドクターの頭に閃いたのが、前述のアジェンダ・プラニングの様式なのは、当然の帰結だったともいえる。

コロンブスの卵

しかし、今日、クオバディスのダイアリーを使う我々にとっては当然すぎる事柄が、当時はそうではなかった。コロンブスの卵の伝で、偉大なる発明とは往々にしてそうしたものなのだろう。そして、フランスでの製品化も、決してすらすら事が運んだ訳ではない。

ドクターは、まず自分のアイデアを、当時のダイアリーの大手メーカーに製品化しないかと持ち掛けた。しかし、帰って来たのは「そんな代物を造ったって、誰も買いやしませんよ。」とのけんもほろろの答だけだった。ふつうの人だったら、それなら仕方ないと、ここで諦めたかもしれない。ところが、ドクターは、だったら自分で製品化してやろうじゃないかと、リスクも省みずに決意した。この時点で、そうとは知らぬ間に、出版社のオーナーにおさまっていた事実が、大いに幸いした。

クオバディス出版社

父親から受け継いだ歯科医療センターが手狭となり、しばらく前に周囲の建物を買い取って拡張を決断した。しかし、資金が充分ではなかった為、融資の条件としてある出版社の立て直しを任された。そして、この会社の名こそクオバディス出版社に他ならない。 「第一次大戦の前から存在していた会社なので、歴史を誇れる。それに、名前がいい。クオバディスとは、ラテン語で『君はどこへ行くのか』の意味だから、『クオバディスのダイアリーを買いに』と答えられるじゃありませんか。」 

ま、これはドクター一流のジョークとして、元々の創業者は、ポーランドの作家シェンキェヴィチの作品“クオバディス”にちなんだ可能性が高い。いずれにしても、ラテン語本来の意味からするなら、1週間の予定が一目で見られるダイアリーに相応しい名前には違いない。

企業家の条件

企業家の条件

クオバディスはこうして出発し、今では世界中で愛されるダイアリーメーカーにまで育った訳だが、1つの企業がこうした成長をなし遂げるには、最大の貢献者である創業者に求められる幾つかの条件がある。既成の概念に捕らわれずに自由な発想ができ、創意工夫、また、進取の気性に富むこと。リスクを恐れぬ冒険心を持っていること。すぱっと割り切る勘の鋭さ。そして、個性の強いフランス人従業員を束ね、引っ張っていくには、時には厳しい高圧的態度を取らねばならぬことがあっても、この人がいうんじゃ憎めないと思わせる人柄の良さ。これは、愛嬌と言い換えてもいいかもしれない。

その辺りを、ドクターの生い立ちに絡めて見ていくことにしよう。